従業員が、代理人弁護士を通じて、退職の申入れをし(いわゆる「退職代行」)、対面での引継ぎを拒否した場合、退職金は支払われなくなってしまうのでしょうか?
この点につき、裁判例(インタアクト事件、東京地判R1.9.27)をご紹介し、退職代行利用時に気を付けるべきポイントについて解説します。
裁判例の紹介
◆当事者
Y社は、情報システム、ソフトウェアの開発等を行う会社です。
Xは、Y社の総務部主任として、社内設備・労務管理業務、採用業務、サーババックアップ業務等に従事していました。
◆事件の概要
Xは、平成28年11月11日、代理人弁護士を通じて、Y社に対し、退職通知の到達後1カ月を経過する日をもって退職する、平成28年11月10日から退職日までの間は有給休暇を取得する旨等を通知し、同年12月9日、自己都合退職しました。
しかしながら、冬季賞与及び退職金が支払われなかったため、Xが、その支払いを求めて、Y社に対し訴訟を提起しました。
(本稿では、賞与に関しては割愛します。)
◆裁判例の概要
裁判所は、以下のように判示し、Y社に対し、退職金の支払いを命じました。
「そもそも従業員が退職する際には,退職に伴い,退職者が担当していた業務について人員の補充を行う必要が生じたり,あるいは人員の補充が直ちに適わない場合には他の従業員が一時的に退職者の担当業務を代替する必要が生じることは,使用者として当然に想定すべき事態であるから,そのような事態が生じたことそれ自体は,特段の事情のない限り,使用者の損害と評価できる性質のものではない。」
Y社においては、「業務フローや各種マニュアル等を整備しておらず,また,人事異動の際の引継に関するマニュアルや社内ルールも存在しておらず,実際に原告が前任者から原告担当業務を引き継いだ際に,適切な引継が行われてい」なかった。
Xは、代理人弁護士を通じて、「パスワード等の保管場所,ネットバンキングのID及びパスワード,防犯ビデオ等の管理に関する情報の所在,原告が使用していたパソコンのアカウントパスワード,パソコン内に保存されている生体認証システムの登録,解除に関するパスワード等の情報,鍵管理表等のファイルの存在等を伝達した。」さらにXは、弁護士を通じて、複数回、Y社からの引継ぎに関する問い合わせに回答した。これに対し、Y社は、「それ以上の対応を求める具体的な要請を行っていない。」
「退職金が賃金の後払い的性格を有しており,労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば,退職金を不支給とすることができるのは,労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しい背信行為があった場合に限られると解すべきである。」
(他の従業員との関係により)「原告において対面による引継行為を敬遠したことには一定の理由があると解され,原告において対面による引継行為に代えて原告代理人を通じた書面による引継行為を行っていることなどの本件における全事情を総合考慮すると,原告について,被告における勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できない。」
ポイント
無期社員の場合、民法上、退職の申入れから2週間経過することで、退職することができます(民法627条1項)。
そして、この退職の申入れについては、代理人弁護士を通じて行うことも可能です(いわゆる「退職代行」)。
退職代行については、否定的な意見もありますが、やむにやまれぬ事情から弁護士に依頼する方が多いのも事実です。
退職代行を用いる方は、多くの場合、他の従業員とのトラブル等を抱えているため、対面での引継ぎを拒むことがあります。
本件もまさにそのような事案であり、Xは、対面による引継ぎではなく、弁護士を通じて書面による引継ぎを行ったようです。裁判所もこの点を1つの考慮要素としています。
この判例を通じて、退職代行のご利用をお考えの方へお伝えするポイントは2つです。
①必ず弁護士に依頼しましょう。
上記のように、引継ぎ等に関し、会社とトラブルになることがあります。
弁護士ではない業者(いわゆる「非弁業者」)ではなく、必ず弁護士に依頼しましょう。
taisyokubengosi.hatenablog.com
②最低限の引継ぎは行いましょう。
上司からのパワハラ等が原因で退職代行を利用する場合、そのパワハラ上司に対面での引継ぎを行いたくない・・・そういったお気持ちはよくわかります。
しかし、何も引継ぎを行わないと、他の従業員の方に迷惑が掛かってしまうのも事実です。
対面での引継ぎは難しいという場合であっても、書面での引継ぎや、引継書の作成、業務マニュアルの整備等、できる限りの引継ぎは行いましょう。
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「毎日怒鳴られてばかりで、これ以上今の会社で働くのが辛い…」
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